藤沢の記憶では、その手紙にはおよそこう書かれていました。
「あなた方の先祖が西洋から自転車を導入してからまだ百年とはたっていません。
先祖の方々は自転車についてあまり知ってはおられませんでしたし、その乗り方も、作り方もご存じなく、パンクを直すというような簡単な問題もどう扱っていいかご存じなかったのです。
ですがそれをすっかり学び、しかも上手にやることを覚えたのです。
日本人の工夫の才によって、先祖の方々は豊かな暮しをたて、あなた方に自転車店と生計の道を残されました。
さてこの度私どもは新しい製品を売出そうとしています。
それはモーター駆動の自転車です。
今までほとんどご覧になったことがないでしょうし、その売り方も修理の方法もあなたはご存じありません。
しかし私どもはそのどちらについてもあなたのお手伝いをするつもりでおります」5千軒の販売店が藤沢の手紙に応じ、日本で最初で最大の全国的な販売網ができあがりました。