ソニーの仕事はたんに機械を売りこむだけではありませんでした。
それが販売の糸口をほぐす役にたったのです。
ソニーはいわば機械の使用法を売っていた、そのことが問題を一つ解決したのでした。
レコーダーの新しい利用方法が学校で見つかり、何台かが売れると盛田はテープレコーダーの将来は学習補助機械だと思いました。
ソニーの販売店に勤めていた倉橋正雄はこの成功で望みをつなぎ、この機器の全国販売を任せてくれと店の主人に申出ました。
主人は断わりました。
盛田はすぐに倉橋を雇い、その子会社の社長にしました。
やがてソニー販売となる会社です。
しかしソニーは大きな誤りを犯しました。